新潟日報夕刊エッセイ「晴雨計」 第二回 麦の正月  

麦の正月 
新潟日報 2012.8.10 夕刊掲載

 お盆とお正月は、ほぼ半年違いで巡っ
 てく大きな節目の行事です。とはいえ、
 新潟では、お盆を旧暦で行うため、ピン
 とこないかもしれません。しかし、お正
 月を「餅の正月」だとすると、お盆のあ
 る旧暦7月は「麦の正月」といえるので
 す。
 その昔、米の貯えが底をつく頃に収穫
を迎える麦は、とても貴重な穀物でした。
特に稲作に向かない地域では、うどん、
そうめん、ひやむぎ、まんじゅう、おや
きなどが主食となり、新麦をお腹いっぱ
い食べて、夏を乗りきってきたのです。
 お米の国・新潟でも、そうめんはお中
元の定番で、夏の間よく食べられますね。
お盆の前になれば、飾り用の「盆そうめ
ん」も市で売られています。
 お隣の群馬は、麦の国。郷土の名物で
もある串にさした「焼きまんじゅう」や
「おきりこみ」など「粉もの」文化が発
達しています。そこで聞いた「ヒルバテ
イ」なる言葉にビックリ。お盆のお昼に
うどんを食べることを、盆の「ヒルバテ
イ」と言うそうです。準備に手間のかか
るうどんは夜に食べるのが普通で、お昼
に食べるのはお盆や結婚式(!)など、
特別なときだけなのだそうです。
 私の大好きな岩手の「ひゅうず(じ)」
も、もとをたどれば、お盆のお供物。南
部小麦のむっちりとした厚めの皮を半月
形に合わせた、いわば「ゆでまんじゅう」
で、中からは黒砂糖・刻んだ胡桃・味噌
などを練った、一見チョコレートソース
のような餡がトロリと出てきます。
 せんべいも、小麦製の「南部せんべい」
という多彩な麦食文化を持つ岩手には、
「はっと」(ほうとう)、小豆と食べる
「小豆ばっとう」もあります。とすると、
群馬の「ヒルバテイ」も「昼ぼうとう」
くらいの意味なのかもしれません。
 また、長野の松本では、七夕の行事食
として「ほうとう」を、千葉では夏祭に
「ほうちょう餅」、大分でも「ほうちょ
う」を食べるなど、太い手打ち麺「ほう
とう」の仲間がユニークな名前で大活躍。
各地に早い時代に伝播し、行事食、郷土
食として定着した様子がうかがえます。
 新潟にも、人知れず麦の行事食があり
そうです。わが家ではこんなものをつく
っていた、わが町の祭りにはこんなもの
をつくるぞと、ご一報くだされば、お話
を伺いに飛んでまいります。

第2回目のタイトル「麦の正月」は、虎屋文庫の機関誌
『和菓子』10号(2003)に亀井千歩子さんのお書きに
なった「夏のまつりと小麦饅頭 ー麦の正月ー」という
研究報告で初めて接した言葉だったが、私にとっては
非常にインパクトのある、しっくりくるものだった。
「盆のヒルバテイ」は平成22年に群馬県立歴史博物館の
「粉もの上州風土記 ヒルバテイから焼きまんじゅうまで」
という展示で知った。現地でも意味ははっきりとしない
ようなので、エッセイでは私の感じたことことを書いた。
ひゅうず、花ひゅうずの写真は下に。実は、中から出て
くるのは見た目だけでなく、味もチョコレートソース!
岩手山田町の「ひゅうず」と「花ひゅうず」
岩手の「小豆ばっとう」

松本の七夕のほうとうは、
石沢誠司著『七夕の紙衣と人形』にも、ごま、黄粉、
あずきをまぶして食べることが報告されている。

また平たい手打ち麺を、福岡や大分などで「やせうま」
呼ぶ地域があり、もとはお盆の食だったようだ。
山梨の郷土食「ほうとう」も、同じといえる。
「やせうま」については、8月31日の5回目エッセイで、
私なりに感じていることを述べた。9月末にアップ予定

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