明治30年頃の金花糖

明治30年に第3回、4回の内国勧業博覧会出品解説書として
編纂された『菓子製造規範』より

金花糖 京都 新町通姉小路上ル神明町 調子重助

土製合セ型ノ底ナクモノヲ合セテ紐ニテ結ビ冷水中ニ漬シ置キ
砂糖ヲ適宜ノ水ニ溶カシ口附鍋ニテ煮沸シ水中ヨリ型ヲ取出シ
水ヲ滴ラシメタルモノヘ充分注入スルヤ直チニ又元ノ鍋へ傾潟
スレハ水気ト冷気トニヨリ薄ク型ニ附着ス之ヲ型ヲ開キテ取出シ
別に板ヲ水ニテ沾(うるお)シ前煮沸ノ砂糖ヲ流スヤ直ニ熬リ
タル黒大豆を附着セサル為メ沾シテ砂糖を塗布シタル数個ヲ
置キ其上へ底ノ方ヲ据ヘ冷却ノ後チ刃物ヲ以テ切り廻シ振レハ
戞々(カツカツ)ト音ノスル如クニナルナリ

土型を使う点は、新潟や佐賀の金花糖に、よく見られる。
土型であることと黒豆を入れる点を除き、つくり方すべては金沢の金花糖と同じ。
黒豆を入れる点は、駄菓子、玩具菓子らしく、土人形のよう。

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