越後の木喰仏 その1 越後の木喰上人
木喰仏というが、木喰さんの彫った木像は、
中世来、民衆の中ではぐくまれた信仰を色濃く繁栄していて、
菓子民俗を考える上でも、その基盤となった信仰のありようが
じんわりと、そしてまたきっぱりと伝わってくる。
今私たちは、とても貧しい宗教観の中で暮らしていて、
日常生活とは、しっくりこない感じがしてしまうが、
少なくとも越後では、古くから信仰深く、生活と一体になっていた。
そして、米が比較的豊かだったこの地域でつくられてきた
古くからある菓子や供物には、そのことを教えてくれる。
菓子や供物は、白米をまともに食べられない人々が
特別な思い(祈り)を込めてつくっていたものだ。
その思いを知らなければ、なぜその菓子をつくるのか、
また、なぜその形にするのかや名前の意味するところを
理解できないと感じている。
そんな私にとって、木喰さんが依頼され、人々の思いをくんで
つくったその姿は、いろいろなことを教えてくれる大切な存在。
越後にたくさんの木像を残した木喰さんは、木喰五行上人。
五行上人の自筆の書画には、サインのように、茄子の絵が。
正月など、木喰戒(木の実や草などを食べて修行する)を
解く期間もあったといわれ、茄子はお好きだったのかも?
サインがわりの茄子に込められた意味は何か?
越後は茄子の種類が日本一とも。
確かに、夏の食卓には、茄子料理のあれこれが並んで、
茄子しかないの?というくらいの子供時代だったように思う。
中世来、民衆の中ではぐくまれた信仰を色濃く繁栄していて、
菓子民俗を考える上でも、その基盤となった信仰のありようが
じんわりと、そしてまたきっぱりと伝わってくる。
今私たちは、とても貧しい宗教観の中で暮らしていて、
日常生活とは、しっくりこない感じがしてしまうが、
少なくとも越後では、古くから信仰深く、生活と一体になっていた。
そして、米が比較的豊かだったこの地域でつくられてきた
古くからある菓子や供物には、そのことを教えてくれる。
菓子や供物は、白米をまともに食べられない人々が
特別な思い(祈り)を込めてつくっていたものだ。
その思いを知らなければ、なぜその菓子をつくるのか、
また、なぜその形にするのかや名前の意味するところを
理解できないと感じている。
そんな私にとって、木喰さんが依頼され、人々の思いをくんで
つくったその姿は、いろいろなことを教えてくれる大切な存在。
越後にたくさんの木像を残した木喰さんは、木喰五行上人。
五行上人の自筆の書画には、サインのように、茄子の絵が。
正月など、木喰戒(木の実や草などを食べて修行する)を
解く期間もあったといわれ、茄子はお好きだったのかも?
サインがわりの茄子に込められた意味は何か?
越後は茄子の種類が日本一とも。
確かに、夏の食卓には、茄子料理のあれこれが並んで、
茄子しかないの?というくらいの子供時代だったように思う。
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