新潟日報夕刊エッセイ「晴雨計」 第九回 月の光に

月の光に
新潟日報 2012.9.28 夕刊掲載


 一日の始まりはいつでしょう? 午前
零時ですよね。でも、私たちはその一瞬
を感知することはできません。時計を見
て、その時を知るだけです。
 時計がない時代、一日の区切りである
午前零時をるすベはありませんでした。
ですから、一日は、日没か、日の出か
始まりました。イスラム暦では今も日
から1日が始まるそうです。ヨーロッ
もそうでした。エーゲ海に突き出した
島の先端にあるギリシャ正教の聖地、女
人禁制のアトスは、今も日没が一日
始まりだそうです。
 それを知ったのは、20年以上前に読ん
だ村上春樹さんの紀行文でした。修道院
しかないアトス。ただただ修道院を巡る
のですが、どの修道院も、訪れる人(
)へのもてなしは、修道院製の蒸留酒、
ギリシャコーヒー、「ルクミ」という求
肥飴のような甘い菓子の3点。どこへ行
っても、判をついたように、この3点セ
ットが出てきて、筆者がうんざりする様
子は、私には楽しく、その後、この修道
院の菓子ルクミを自分でつくってみるほ
ど、印象に残りました。
 話がそれてしまいました。聖地アトス
での一日の始まりは日没後の祈祷です。
この修道院の生活パターンも、紀行文を
読んで以来強く心に残りました。
 そして、行事菓子を追っているうち、
祭りごとの多くは、日暮れから始まるこ
とが多いことに気がつきました。それは
新しい一日の始まりにあわせて行われて
いるようにも感じました。家庭の行事で
も、クリスマスイブや大晦日の晩餐に重
きが置かれるのは、同じ意味あいからで
はないかと思えます。忙しい現代社会で
は、行事を昼間だけで済ませたり、旧暦
季節感とのズレも生じることから、日
にちだけがひとり歩きをしがちです。し
かし、古くからの行事は、満月(望・十
五日)と、新月(朔・一日)を目当てにし
て組み立てられています。
 私たちは、普段カレンダーの数字を見
て生活していますが、大震災後、計画停
電の夜を経験し、月の光がいかに大きな
響を及ぼすかを実感しました。
 旧暦8月の満月の夜「十五夜」は、月
が最も美しく輝く日です。数年前、横浜
の大桟橋で、夕方早くから地上近くに出
現した巨大で神々しい月にすっかり圧倒
されました。今年は930日です。


村上春樹さんの紀行文は、フォトエッセイのような単行本だった。
現在は文庫も出ている様子。
おそらくタイトルは『雨天炎天』のようだが、残念ながら覚えていない。
扉に手書きの地図があり、そのコピーは今でも持っている。

ギリシャで「ルクミ」、トルコでは「ロクム」と呼ばれるこの菓子は
英語では、「ターキッシュ・デライト」だそうだ。
「いとおかし*アラブの菱餅」に、ロクムの写真掲載。

旧暦九月の「十三夜」は、大陸にはなく、日本独自の行事だと
されている。

第十回のテーマは「バルセロナで和菓子つくり」

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