平戸と共通の菓子文化

古くからあり、だいぶすたれつつある菓子で、
越後(特に中越)と平戸(旧松浦藩領)に共通のものがある。
今の地理感覚からすると、意外なことかもしれないが、
海上交通が主であった時代は、大量輸送が可能で、
物資も人も大移動が可能だったと思う。

共通の菓子で、今のところ目につくものは、
1、辻占煎餅
その形状も同じで、越後平戸のようにもともとは正月の菓子だった。
越後には地域により煎餅以外に、季節を問わない辻占菓子もあり。
2、金花糖(砂糖菓子・ながしもの)
平戸では、お彼岸・お盆のお供え「おもりもの」として。
越後では、天神講のお菓子として。
3、うば玉・烏羽玉
京都などに見られるような餡玉だけでなく、氷(砂糖)おろしがかかる贅沢さ。
餡玉を求肥で包み、砂糖(+みじん粉)をかけたものを「うば玉」と呼ぶ。
「ぬばたま」とも言われる緋扇の実の美しさから、「老いてさらに美しい」という
意味合いがあり、ハレの日の菓子であった。越後でも冠婚葬祭の菓子。
平戸では、長い間、殿様の御留菓子だったようであるが、
越後においては、上杉家が移封したあとは、大きな大名家がなかったせいか、こうした菓子文化もかなり民間に開かれ、浸透している。

この3つは加賀藩にも共通し、うば玉は「千歳」と呼ばれる。越後でも「千歳」の地域もあり。
2、3をみると、砂糖の使用が多いとうこと。
砂糖は、日本海を北上し、昆布は南下(沖縄を経て、中国まで)。
この流通はさまざまな菓子文化を共通なものとしていると思われる。

1は金型、2は木型であるが、菓子型が使用されていること。
1、3は藩政時代よりかと思われるが、2はいつごろの発生かは未確認。
また、粉菓子とコウサコについても縁が深いように思われる。

「中花」「中皮」「中華」などという、薄いどらやきの皮で餡を包んだ菓子も、
長崎県、または九州北部で見かける「千代香」とよく似ている。

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